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家茂になるとさらにうりざね顔が進み下顎骨が弱々しく、歯が磨り減らず虫歯も多くありました。 彼の好んだ食べ物は非常に柔らかく、魚の小骨まであらかじめ全部取り去られ、おまけに甘党であったといわれてます。 残っていた31本の歯のうち30本が虫歯でした。虫歯も死期を早めた要因であると思われますが、漢方典医は脚気、西洋典医はリュウマチが彼の死因だと見解が分かれたといいます。 最後を迎えるとき、宮中と諸大名から届けられた見舞いの品は、精製された砂糖・五色饅頭・最中など非常に甘いものばかりであったと記録されてます。 芝増上寺に家茂と仲むつましく埋葬されている皇女和宮も虫歯が7本もありました。悲劇の政略結婚と騒がれましたが、2人は愛し合っていたといいます。 夫婦生活は4年5ヶ月でしたが家茂は3回上洛していますので、実質は2年6ヶ月という短さです。 江戸と京都に別れた20歳の若夫婦が、虫歯が痛むたびに互いの身の上を案じあったかと思うといじらしさが先にたつと、直木賞作家の綱淵謙錠は歴史と人生という本で述べています。 次回は現代人の顔かたちの傾向です。
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