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徳川家15代にみる歯の変換

今回から数回に分けて市来英雄先生の文献から興味あるところを抜粋して掲載します。

江戸中期の徳川5代将軍綱吉の頃から食生活が変ってきたといわれています。
この時期は元禄時代で、町人が台頭し文化的にも栄華を極めた時代でした。その頃から砂糖が庶民の口に入りだし、米が精製米になりました。食事は、それまでの一日2回食が3回食となったと記録にあります。
なぜわかるかというとお墓を調査して頭の骨やあごや歯の分析から当時の食生活をわりだしたり当時の記録からわりだしたりすることができたからです。
徳川家康はエラがはった四角い顔立ちでした。彼は将軍になる前は、三河の地方武士であり、食事は質素でしっかりかんでいたようようで、特に一口48回噛んだと記録がのこされてます。
現代は約30回で十分とされている。
彼は頭脳明晰・冷静で常に粘り強く、戦国時代を最後に勝ち残りました。
以後徳川家は、長年にわたり天下を手中におさめていましたが、時代を経るごとに食生活は贅沢になり頭骨と顔にも変化がみられるようになってきました。
12代家慶の歯を見ると家康とは異なり歯は全くといっていいほどすり減ってません。
つまりよく噛んで食べてはいなかったのです。家慶は60歳で死にましたがいわゆるうりざね顔でした。遺骨の歯を調べてみるといかに彼が、軟らかいもの甘いものばかり食べていたかが推測できますし。
虫歯も多かったといわれてます。
 
追加 
早食いしたりしてよく噛まないと気が短くなりβー波が出やすくよく噛むと穏やかな気分になるα波が出やすいという研究があります。きれやすい子供との関連も指摘されてます。
織田信長は塩辛いもの、お茶漬のような湯漬が好きで流し込むような食べ方をしていたから気が荒く怒りっぽかった。そのため政権は長続きしなかったとの記述がありました
豊臣秀吉もおかゆが好きであまり噛まなかったといいます。彼も信長の性格に似かよったところがありますから、βー波が出やすかったのでしょうか。
徳川家康は麦飯をじっくり噛む食生活をしていました。それが、α波を生み出しなくまで待とうホトトギスのまさに家康の性格そのままとなったのでしょうか。
 
次回は今話題の篤姫の時代です。

 

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